こちらエルリック探偵事務所













とある市街の雑居ビル。
ここの四階に裏社会で噂の男が住んでいた。
名をエドワード・エルリック。
職業・探偵である。

その推理力は他を圧倒するものであり、依頼成功率は100%。
優れた知識と奇想天外な発想、行動力。
全てにおいて天才、とうい奴だ。
容姿は金髪金眼の俗に言うカッコいい部類。
身長はおそらく平均以下だが態度は大人物。
年齢はまだ二十歳にも満たない。
そんな彼には二人の助手がいる。
事件となると暴走しかねないエドワードを止める役、アルフォンス・エルリックと、
資料収集や聞き込みなどの雑用その他をこなす である。
前者は弟、後者は恋人。
共にエドワードにとって必要不可欠な存在だ。





いつものように依頼人が扉を叩く音が響く。





「ここがエルリック探偵事務所でしょうか……?」

推定年齢40代後半。
少しふくよかでいかにも成金的な格好の女性が今日の依頼人。

「今日は一体どのようなご用件で?」

受付担当のアルフォンスが尋ねる。
さわやかな笑顔と柔らかな面持ちが見る者の頬を染める。

この女性もまた然り。

「わたくしの夫がこのところ怪しいのです」
「怪しい、と言うと?」
「他の女の気配ですわ」
「………………では所長に話を通しますので少々お待ちを」

内心アルフォンスは「またか」と思っていた。
以前はもう少し闇取引だの密売組織だのスリルの大きなものが多かったのに、
最近では浮気調査や迷子の子猫の探索etcまるで“探偵ごっこ”のような内容だ。
呆れながらもこれも仕事と割り切るが。

依頼人のいる部屋から一つドアを開けるとそこにその人はいる。
所長・エドワードだ。
そして小さなキッチンでお茶を入れる の姿も。

「兄さん、また浮気調査だよ」
「………はぁっ…」

思わず盛大な溜息を吐くエドワード。
額に手をあててやれやれといった様子だ。
かつては裏社会にまで凄腕探偵として名を広めていたのだが。
いかんせん、あのマスタングが大総統になってからというものこんな依頼ばかりが舞い込む。
まぁ平和になったと言うことなのだろうが。

「今月に入って何回目だっけ?」

依頼人に出すお茶を持って現れたのは である。

「15回だ」

吐き捨てるようにエドワードは答えた。
三人は顔を見合わせ再び溜息を。

「エド」
「…ったく分かってるよ」

文句を呑み込んで依頼人の元に向かう。
どんなに小さな事でも解決します、が売りなだけに追い返すわけにもいかない。





「初めましてマダム。エドワード・エルリックと申します」
「あら貴方が?随分とお若いのね」

明らかに怪訝な眼差しを向けられる。
普段からその小ささ故、最初は依頼人の信用は薄い。
もう分かりきった反応なのでそんな挑発に乗ることなくエドワードは話を進めた。

「それで、旦那さんの浮気調査とのことですが?」
「そうなんですの!あの人ったら会議だの付き合いだのと言って朝帰りなことが多くて…。
 しかもこの前なんてシャツに口紅まで付けてきたのよ…!」
「………大体のことは分かりました。では旦那さんの勤務先など詳しいことを教えて下さい」

ソファーに座り依頼人と対面するエドワードの後ろで、
とアルフォンスは既に話など聞いていない。
どうせいつも同じだからだ。
アルフォンスは依頼料はどのくらいになるか計算していたし、
に至っては今夜の夕食のメニューを考えるほどだ。
二人が共通して考えていたことと言えばエドワードの態度の成長である。
探偵業を始めた頃はこの手の依頼の時、エドワードは大抵キレる間近にまでなる。
依頼人を怒鳴りつけそうになるとアルフォンスが話の代行を務め、
がエドワードを奥に連れて宥める。
敬語にしてもそうだ。
つまりは所謂紳士に近付いているということなのか。






「分かりました。この依頼、受けさせて頂きます。調査料の方ですが……アル」
「はい所長。ではマダム、今回は浮気調査とのことなので……」

ここからはアルフォンスの出番だ。
どうもエドワードと違って接客が得意なようで、
当初考えていた依頼料より大分多く交渉してくる。
これには毎回エドワードも も感嘆の声を漏らすのだ。

「それでは一週間後、再びいらして下さい」
「よろしくお願いしますわ」










――依頼内容『夫の浮気の有無を確認及び証拠の入手』――








「じゃあいつものように張り込みはオレとアルでやるから、
  は資料作りでここで待機」
「あっそのことなんだけどさ、私も張り込みしたいんだけど……」
「ダメだ」

いつもいつも事務所で留守番を食らっている はいい加減飽きてきていた。
それは危ない目に合わせたくないというエドワードの心遣いなのだが。
つまらないものはつまらない。
だからこうして提案するのだが、エドワードは間髪入れず許してくれない。

「いいじゃない別に!浮気調査なんてそんな危なくないわけだし!」
「ダメったらダメ」
「お願い!邪魔しないから!」
「絶対ダメ」
「お願いしますエドワード様!」
「ダメだ」

見る間に不満が顔に表れる
頑固なエドワード。
二人の言い争いは一向に埒があかない。
アルフォンスは呆れて溜息を落とす。

「兄さんも一回くらい行かせてあげればいいじゃない。
 見る限り危険もないし」
「誰が資料作りと留守番するんだよ」
「僕がやるから二人で行ってきなよ」
「……でもなぁ、もし何かあったらどうす…」
「兄さんが守ってあげればいいことでしょ」
「………………」

さすが弟、と言うべきか。
言いくるめられる兄の姿を が楽しそうな目で見つめる。
どうやら今回はエドワードに付いて行けそうだ。

「……だぁもぅ分かったよ!アルは待機、 はオレについて張り込み!以上、文句は?!」
「ないでーす!」

ありがとうとアルフォンスにウィンクする。
すると幼い笑顔が溢れた。
そのかわいさに は思わず頬を染める。

「お前ら何イチャついてんだよ」

エドワードの低い声にびくりとしてぱたぱたと手を振る。
文句言いたげなエドワードから逃げるようにその場を離れた。
その後エドワードにたっぷりアルフォンスが八つ当たりされたのは言うまでもない。









――調査開始――








張り込み一日目。
>>PM7:00 ターゲットは普通に帰宅。


張り込み二日目。
>>PM7:30 同僚と居酒屋へ。女の気配なし。
  AM0:00 帰宅。


張り込み三日目。
>>PM11:00 残業後帰宅。


張り込み四日目。
>>PM7:00 ターゲットに動き有り。昼食を受付嬢ととる。
         かなり親しげな模様。しかしそれ以上の関係は見えず。
  PM10:00 帰宅。


張り込み五日目。
>>PM6:30 時計をこまめに確認しながら早めに会社を出る。
         同僚が出てくるわけもなく自宅と反対方向に向かい始める。




「とゆーわけで怪しいですね、後付けますか?」
「ヘマすんなよ

どうやらようやくターゲットの浮気が確認出来そうである。
会社から出ると同時に後を付ける。
付かず離れず。
男は一つのアパートに入っていった。

「何ここ…すごくボロくない……?」

二階建てのアパートは壁にはヒビが入り、薄暗く、散々なものであった。
それでもまだ使われていると言うのにはビックリだ。
男の他にも浪人生らしい学生の姿も見え、どうやら家賃が格安なようだ。
表札には確かに男の名前が。

「ここが浮気の拠点か…」
「どうする?」
「こうする」

エドワードはズカズカと大家の部屋に行くとそこで少し立ち話。
そして大家が出てきて男の部屋の隣の部屋の鍵を開けた。
心なしかビクついた顔で。

「エドどうしたの?」
「捜査協力してもらっただけだ。行くぞ」

中に入ると外見通り中もボロボロであった。
壁も薄く隣の音など筒抜けである。

「なるほど、ここで張り込みってわけね!」
「そうゆうこと」

エドワードは壁の脆そうな部分を見つけると慎重に穴を開けた。
覗いて男の姿が確認できる。
そこからカメラのレンズを入れてパソコンに繋ぐと画面に男が映し出された。
そしてしばらく待っていると隣の部屋に誰か来た音がした。

「ごめんなさい、遅くなって…」
「待ってたよ」

そのまま互いに抱き締め合う二人の男女。
その姿を静止画として保存する。
これで任務は完了だ。
言い逃れできない浮気の証拠。

「意外に簡単だねぇ、浮気調査ってのも」
「たまたまだ。次は留守番だからな」
「えっ何それ!ヤダ!付いてく!」
「今回は我儘聞いてやったんだからもういいだろ」
「よくない!私だってちゃんと出来るもん!」
「危ないんだよ」
「浮気調査のどこが?」
「それは、………だぁもぅとにかくダメだっての!!」
「ひどいエド!」

知らず知らずに大きくなる声。
当然隣の部屋にも聞こえるわけで。

「何かしら隣の人たち…煩いわね」
「そんなことより…な」
「ゃんっ…焦らないでよ」

エドワードと は揃って相手の口を塞ぐ。
そして目で合図し合うと、ゆっくり手を離した。
小声で声を発する。

「びっくりしたー…」
「これでバレてたら のせいだからな」
「はっ?!何でさ!」
「しっ!」

思わず声が大きくなってしまった をエドワードが窘める。
口に手を当てて。
も口を手で覆いながら文句を続けた。

「何で私の所為なのよ」
「うるさい」
「ってかエドもうるさいじゃん」
がいる方がうるさくなるんだよ」
「……っ〜〜!じゃあ静かにしてる…」
「一言も喋んなよ」
「う、うん……」

エドワードに威圧されて は黙り込む。
気まずい沈黙。
はちらちらと様子を伺うようにエドワードを見たが、
エドワードは口を固く結んで隣の部屋に注意を払っていた。
そんな矢先。

「ん…ぁ、ぁん…っそこ…っ」

思わず自分の耳を疑う。
これは、まさか、でも。
エドワードは微動だにしない。
浮気現場だからこうゆうことがあるって予想はしていたけど。
やっぱり………。

「あっもっと…、っはぁ、ん…ぁン!」
「ここか?」
「うん…もっと、やぁああっァ」

とても恥ずかしい。
どうして彼は平然としていられるのか。
は俯いて頬を染めるしかなかった。












何分くらい経ったのだろうか。
自分の腕時計に目を遣ってもさっきから五分程度しか過ぎていない。
ぎゅっと目を瞑って隣の部屋の声を聞かないようにしてもどうしても耳に響く。
どうにも落ち着かない気分だ。

「何そわそわしてんだよ
「っ!!」

急に口を開いたエドワードにびくりと肩を振るわす。
ゆっくりと顔を上げるとそこには嫌な笑みを浮かべるエドワードが。
は一気に顔が沸騰した。
全部分かって面白がってたんだ!

「興奮してんの?」
「してないっ!!」

じりじりと近付いて来るエドワードに は後ずさるしかない。
だが狭い部屋の中。
すぐに壁際に追い込まれる。

「やらしいな、 は」
「そんなことないっ!!」
「じゃあ何考えてたんだよ、そんなに顔赤くして…」

耳まで真っ赤になって悔しそうに顔を歪める。
エドワードはくすりと笑って熱くなった の頬に手を当てた。

「とりあえず任務は完了したし…楽しむか」
「へっ?」

急にエドワードの顔が視界に広まったかと思うと背中にひんやりとした感覚。
口の端を上げた彼の背後には天井が広がっていた。

「エド……?あの…っ…」
「オレだって男だし?隣であんなことされてちゃ我慢できないっての」
「や、でも…バレたら……」
「気付かねーよ」
「だって任務……ッ!!」
「…終わったって言っただろ?」

言い終わるや否や の首筋に舌を這わせる。
意思とは反して身体は正直に反応した。

「やぁっ…エドっ、ダメ……」
「嫌ならもっと抵抗しろよ」

抵抗出来ないのを知ってるくせに。
貴方を拒否できるわけないじゃない。

「んっ……ぁ…ッ」

次々と紅い華を散らしていくエドワードに比例して、 の息も上がる。
身体はどんどん熱を帯びてどうにもならなくなる。

「…エド…ッ」
…」

ぴちゃりと舌が絡まり合い、エドワードの手がしなやかな の肢体を撫でる。
服は淫らに肌蹴け、結ってあったエドワード金髪がさらりと零れた。
透き通る金髪に手を入れてそのまま抱き締める。
エドワードはそれに応える様にさらに深く口付けた。
至近距離で視線が合う。
逸らそうとした の頬を強引に上に向けて、にやりと笑った。

「お前をつれてきたらこういうおいしさがあるってわけか」
「なっ…!!何バカなこと言ってん…っ!」

素早く口を塞ぎ言葉を封じ込める。
くぐもった呻き声が漏れた。
ペロっと の鼻の頭を舐めると何とも悔しそうな顔をする。
それがまた男心をくすぐるとういことを知らないのか。
エドワードは面白そうに更に唇を落とす。
そして胸元に手を伸ばしたその時。







「それじゃあまた…」
「ああ、次に会えるのを楽しみにしているよ」

キィっと古ぼけたドアが開く音と別れの挨拶。
どうやらこちらが盛り上がっている間にあちらはすっかり終わっていたようだ。
しかしエドワードは行為を続けようとするので はペチっとその頭を叩いた。

「ほら!後つけなくて良いの?」
「家に帰るだけだろ」
「じゃぁ私たちも……っ!」
「終わってから、な」
「エドっちょっ…やめ…」
























「はい、そこまで」











寝転ぶ の頭の上から聞こえる声。
それはよく聞き慣れたもの。

「アルっ!助けて!!」
「大丈夫だった?
 兄さん、任務終わったんなら早く帰って来てよね」
「邪魔すんなよアル」

いかにも不機嫌な顔と声でエドワードは不満を声に出す。
が、さすがに弟の見る前では続けるわけにもいかない。
仕方なく身体を起こす。
は慌てて起き上がり乱れた服を整えた。

「ほら、帰って資料まとめるんでしょ」
「それはアルの仕事だろ」
「兄さんの認証印が欲しいんだけど?」

やはり弟は強し。
渋々重い腰を上げたエドワード。
そして当然のように に手を差し伸べる。
その物腰は紳士そのものだった。

やっぱりカッコいい……

先ほどのようなことをするようには見えない姿。
図らずも頬は赤くなる。
その手を握るとぐいっと引っ張られ、 はエドワードの胸にぶつかった。
そして耳元で囁かれる。
低く、色のある声で。

「続きは今夜な」

そのまま思考の止まった は手をエドワードに引かれて帰路についたのだった。
























「貴方の旦那さんは間違いなく浮気をしていました。こちらが証拠です。」

エドワードが机の上に並べた資料は確実に浮気を証明するものばかりだった。
それらを食い入るように見つめる依頼人の女性。
そしてしばらくしたあとにっこりと顔をあげて笑った。

「噂通り素晴らしい腕前ですわね。これで慰謝料も沢山奪えそうですわ」

少しも悲しい、といった様子を見せない女性にエドワードは内心呆れていた。
とにかく解放してくれと言う表情を見せるエドワードをアルフォンスが咳払いで窘める。
はぁっと溜息をついて、仕事の顔に戻す。

「では、依頼は完了ということで」
「ええ、とても満足しておりますわ。依頼料はこちらに」

差し出された封筒はかなりの厚みがあった。
どうやらアルフォンスが大分頑張ったらしい。
相変わらずいい仕事をする奴だ、とエドワードは関心した。

「ありがとうございます」
「また機会がありましたらよろしくお願いしますわ」
「喜んで」

ほんとはそんなこと思ってないくせに。
はきりりと答えるエドワードに噴出しそうになった。
それはアルフォンスも同じらしく。
二人で顔を見合わせて笑をこらえた。

「それでは」
「ごきげんよう」

出て行く女性をにこやかに見送ったエドワード。
振り返るとそこにはげんなりとした表情。

「お疲れエド」
「お疲れ様、兄さん」
「ああ」

ぐだっとソファーにもたれるエドに は紅茶を差し出す。

「ったく平和な世の中だぜ」
「銃弾飛び交う世界よりマシだとは思うけど?」
「だからってこう毎回毎回……」
「あっでも浮気調査くらいなら私も出来るってことが分かったんだし、
 今度は私1人で行ってもいい?」
「それはダメ」
「何でよ!」
「お前は危なっかしい」
「エドといる方が危ないわ」
「うっ……」
「兄さん、フォロー出来ないよ」
「くっ…アルの裏切り者!」
「ボクは最初から の味方だもん、ね?」
「ねっ!」

二人で顔を見合わせて笑う。
その様子にエドワードが腹を立てないはずがなく。
立ち上がったかと思うと の手をぐっと引っ張った。
そしてくすりと嫌な笑みを浮かべる。
の背中に冷やりとした汗が滲んだ。

「じゃあこれから毎回浮気調査は とオレで行こうな」
「えっ……?」
「行きたいんだろ?」
「それは…っ!…ずるいエド!」
「はいはい、それじゃーとりあえず休憩とするか」
「わっエド待って…ちょっと…!」
「兄さん悪」

強引に奥の部屋に を連れて行こうとするエドワード。
ジト目でぼそりと呟いたアルフォンスをエドワードがギッと睨んだその時。
再び扉を叩く音が聞こえた。

「ちっ…タイミングの悪い……」
「助かった……」
「兄さんちゃんとやってよ?」

三者三様のセリフを吐いてそれぞれの定位置につく。
扉から顔を出した女性はゆっくり口を開いた。





「あの…うちの猫がいなくなってしまったのですけど…」






こうしてまたエルリック探偵事務所の日々が始まってゆく。



















(2005/07/22)



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