王子さまに憧れる年じゃないのは分かってる。
だけど、
あたしの前に現れたのは紛れもない……
お伽噺を語ろう
「あっ!!」
「んだよ
、大声出して…」
エドの視線が本からあたしに向く。
その金色の瞳はとても綺麗で。
あたしは見入ってしまった。
「……だから何で大声出したんだよ」
しばらく言葉を発しなかったのでエドは少し不機嫌そうに言う。
「あっうんあのね…」
本を読むエドの横顔を見ていた。
その姿は何よりも愛おしくて。
エドがいることが当たり前で。
エドがいないとダメな自分がいて。
いつからエドと一緒にいるんだろうって考えた。
「今日でエドと出逢ってちょうど1年目だなぁって」
1年しか経ってないのにこんなにも人を深く愛せるなんて。
嬉しくて笑みが溢れた。
「1年か…まだそんだけしか経ってないのか」
エドも懐かしそうに虚空を見つめた。
あたしもあの時を思い出す。
エドと出逢って、止まりかけたあたしの歯車が動き出した時――。
「ちょっと離してよ!!」
「へぇ〜こんな若い嬢ちゃんがこんな汚い所にいるなんてね」
その頃のあたしはイシュヴァールの内乱で荒廃した街のスラムで生活していた。
軍の目の届かない小さな街の路地裏。
治安はすこぶる悪い。
殺し盗みは日常茶飯事。
誰もが明日生きる希望なんて持ち合わせていなかった。
「あんたに関係ないでしょ!?早く離して!」
麻薬に溺れ女に飢えた男共に絡まれることなんてしょっちゅうだ。
それにあたしには早く戻らないといけない訳がある。
「へへへっ…強気な女は好きだぜ」
「あたしはあんたみたいな奴が大っ嫌い」
生き残るために身についた防御術はとても役に立つ。
あたしは男の顎に肘打ちを食らわせ怯んだ隙に逃げ出した。
そして完全に撒くと自宅に戻る。
「ただいまお母さん」
「おかえり……
…っ」
あたしの母親は病気で、決して治らないものでもないのだが、
あいにく治すための薬を買う費用はどこにもなかった。
ほんの少しの配給があたしたち二人の命を繋いでいた。
「お母さん無理しないでゆっくり寝ててよ」
「でも
にばっか…」
「いいから!」
あたしは本能で悟っていた。
もう母は永く生きられないだろうと。
日に日に食欲も体力もなくなってゆく。
母の歯車は錆ついていた。
そしてそれが止まる時が訪れた。
「
っ…何も…してあげられなくて…ごめん…ね…」
今や痩せほそった母の手を握りながらあたしは微笑む。
「今までありがとうお母さん」
「あ…配給の時間だ…」
母がいなくなってから数日。
あたしの歯車は動きを鈍らせていく。
生きる希望がそこにはなかった。
それでも体は生を求める。
ゆっくりと、一歩ずつ前に進むが足は思い通りに上がらない。
そんな不安定な時、
「っいってーな!どこ見て歩いてんだ!!」
一人の男にぶつかった。
「あぁ?てめぇあの時の女じゃねーか」
それは紛れもなくあたしが痛めつけた男だった。
「……ちょうどいい…あん時の礼してもらうか」
逃げろ。
意識は反応するのに体が動かない。
「…………っ!!」
腕を掴まれ動きを完全に止められる。
でもそれから逃れられるほどの体力も気力も持ち合わせてはいなかった。
「今日は随分大人しいじゃねーか…まぁその方がヤりやすいけどな…」
そのまま引きずられるように人が住まなくなった空き家へ。
不思議と涙はでなかった。
いや、そこに感情はなかったのだ。
「へへっ…それじゃあ楽しもうぜ…」
あ た し は 静 か に 目 を 閉 じ た 。
「っ?!」
一瞬の間を置いて凄まじい音が響く。
急いで目を開けるとそこには…
赤い羽を持った金髪の王子さまが――。
そう思ってしまった自分自身を苦笑する。
この年になってまで王子さまなんてものを思い出した自分に。
ふとその足元を見るとあの男が意識を飛ばしていた。
この人がやったんだ…。
自分よりもずっと大きいこの男を…。
「大丈夫か?」
その人はあたしに手を伸ばす。
一瞬戸惑ったがすぐにその手を掴む。
切那。
涙が溢れた。
その手の温かさに。
「あっあのっ…」
言葉が上手に紡ぎ出せない。
いろんな感情が溢れでて止まらなかった。
そしたらその人は…
「しばらくここで泣け」
あたしを腕の中に包み込んでくれたのだ。
そしてあたしは子供のように泣き続けた。
「……懐かしいね」
「まあな」
あたしが昔を思い出している間に、エドの視線は再び本に戻っていた。
あの後、エドはあたしの手を引いてあのスラムから連れだしてくれた。
あたしの歯車をもう一度動かしてくれた。
それからずっと一緒に旅をしている。
また人の温かさに触れさせてくれたエドには感謝してもしきれない。
「ありがとう」
そっと呟く。
小さな小さな声で。
エドには聞こえるはずもなく…
「どういたしまして」
「えっ?」
未だにその瞳は本に釘付けだったけど、
それは確かにあたしに向けてのものだ。
もうどうしようもなく嬉しい。
あたしは衝動のままエドを後ろから抱きしめた。
「ありがとうエド」
「……おう」
「あたしね、エドのこと大好きだよ」
もっと強くぎゅっとする。
もっとエドの温もりが感じられるように。
エドはようやくその瞳をあたしに向けた。
「エドは、こんなあたしが迷惑だったかもしれないけど、
あたしはエドに逢えて嬉しかった」
エドは少し眉間に皺を寄せて、あたしの頭をガシガシ撫でる。
「ちょっエド?!」
力強くされたせいか、少しよたつく。
そしたら腕をぐいっと引っ張られて、そのまま腕の中に収められた。
あの時のように。
「迷惑なんかじゃねーよ」
ぶっきらぼうに言い放つその表情が照れくさかった。
だってエドの頬が朱に染まっていたのだから。
「エドは、あたしに逢えてよかった?」
そしたらエドはにこって、今まで見たことない位優しく笑って、
「当たり前だろ。あの時、あの場所にいた自分を誇りに思ってるぜ?」
今度はまるで幼い子供のように得意満面に笑って見せた。
つられてあたしも笑顔になる。
「
が元気になったのはオレのおかげだからな」
「言われなくても分かってますよ」
エドの胸に顔を埋め、その鼓動に耳を澄ます。
確かに聞こえるエドのいのち。
それがあたしの生きている証拠。
「・・・・あたしね、エドが助けてくれたとき、お伽噺の主人公になった気分だった」
「はぁ?お伽噺って
、お前ガキじゃあるまいし・・・・」
「エドが王子様に見えたんだもん」
一瞬の沈黙のあと、自分の上から笑いを堪える声が聞こえる。
あたしが顔をあげると、エドは顔を歪めて笑っていた。
「
・・・王子様ってお前何歳だよ」
こっちは真剣に話しているのに。
エドの態度が気に障ってあたしはエドから離れようとした。
だけど、
「まぁまぁ、詳しく話せよ」
まだ笑い足りない、という表情であたしの腰に手を回す。
何となく不条理だったが、あたしは口を開いた。
「だってさ、絶体絶命のピンチの時に、
金髪で赤いマントを羽織った男の人が来てくれたら、誰だってそう思うよ・・・」
昔から聞かされてたお伽噺。
お姫様が危なくなったら王子様が助けに来てくれる。
「そりゃあたしはお姫様にはほど遠いけど・・・でもエドは王子様だよ」
エドは優しいキスを瞼の上に一つ置く。
「でもお姫様じゃなかったら王子は助けに行かないんだろ?」
「それは・・・・・」
・・・だけどエドならきっと誰が危なくても助けてしまうだろう。
自分の不幸より他人の不幸な嫌なタイプ。
「・・・・やっぱりあたしは村娘Aでいいや」
「何言ってんだよ」
エドは苦笑しながらあたしの頭を優しく撫でる。
「オレのお姫様は
だけなんだからな」
そのまま唇を重ねる。
まるで王子様のキスで魔法が解ける気分がした。
あたしの心は幸せに満たされる。
お伽噺を語ろう。
正しい道筋でなくても、遠回りをしても、
最後は必ずハッピーエンドの。
sozai:dear 013